2007年11月21日

宇和島紹介(児島惟謙)

ブラストの宇和島紹介第2弾は、宇和島が生んだ偉人「児島惟謙」先生ですface01



(生誕の碑が宇和島税務署前に建っています)



(像が宇和島城上り立ち門前(宇和島JT横)に建ってます)



(銅像横の副碑です)


児島惟謙先生は天保8年(1837年)宇和島市堀端通りに生まれ明治期に司法官として


活躍されました。児島惟謙の名を一躍日本中に知らしめたのは「大津事件」。


ものすご~く、簡単に説明しますと、1891年、当時世界の大国ロシア帝国の皇太子が


日本に来ていて、滋賀県大津市で巡査・津田三蔵に襲われ、暗殺未遂事件がおこりました。


日本国はロシアを恐れ、津田に死刑を適用するように動きます。


そのときに現在の最高裁判所にあたる大審院の院長 児島惟謙は法治国家として、


国に命ぜられるのではなく、法によって裁かれるべしとして、無期懲役の判決を下しました。


こうして惟謙は司法権の独立を保持したと、「護法の神」として称えられたということです。


去年(平成18年)東京にお住まいの児島惟謙先生の身内にあたる児島鐵也氏により、


宇和島に生誕の石碑・銅像があるのでぜひ慰霊の碑を建てたいということで


宇和津彦神社敷地内に鎮魂碑が建立されました


 



石コレクターなど数々の趣味を持たれる児島鐵也氏が西条の青石を自ら選んで建てられた


ものです。(すごくエネルギッシュな方で確か70後半か80幾つだとお聞きしたと思うのですが、


国内は勿論、海外であろうが、どこでも一人で出かけ、動き回っておられるそうです・・・face01


(今回縁あって、基礎・据付のお手伝いをさせていただきました。)


日本の偉人児島惟謙の生誕碑・銅像・鎮魂碑があるのは宇和島だけ。


ぜひ一度まわって見て下さいねface02




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この記事へのコメント
はじめてコメします☆
この像はよく見ていて知ってはいたのですが、
何者なんだろう?
といつも思ってましたf^_^;
そこまで歴史的人物だったとは…。
いい勉強になりました☆
Posted by メガネっ子 at 2007年11月21日 12:29
やっとるやんけ(笑)中身は…あとで良く読んどきます(笑)
Posted by icchan at 2007年11月21日 13:00
メガネっ子さん
そうでしょ、読むのは大変だけど勉強になるでしょ(^^)v
これからもぼちぼち書くんで読んでね。

icchanさん
はっ!精一杯やらせてもらっております。
パワーポイントもイラストレータも持ってないけど
一生懸命やらせてもらっております(^_^;)
(感想は原稿用紙3枚以内で・・・)
Posted by ブラスト at 2007年11月21日 13:18
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